「赤ワインは心臓にいいらしい」「ビール1杯なら血流にいい」──そんな言葉を耳にしたこと、きっとあると思う。ぼくもかつては信じていた。けれど最近の研究を見ていくと、この「少量神話」は揺らぎ始めている。
飲み会や晩酌は、楽しみの一つでもある。でも健康にいいから飲むとまで言えるのか? ここでは、これまでの説がどう生まれ、そして最新のエビデンスが何を示しているのかを整理していく。
目次
なぜ少量なら健康に良いと言われてきたのか
この考え方の出発点は、1980〜90年代に広まった観察研究だ。
「少量のアルコールを飲む人は、全く飲まない人よりも心疾患のリスクが低い」──そんなデータが報告され、Jカーブという言葉が生まれた。飲酒量を横軸に、死亡リスクを縦軸にすると、少量飲酒でリスクが下がり、大量飲酒で急上昇するJ字型のカーブを描いたからだ。
さらに「フレンチパラドックス」という現象も話題になった。フランス人は肉や脂肪を多く摂っているのに、心疾患が少ない。その理由として赤ワインのポリフェノール(レスベラトロールなど)が注目された。
こうした話がメディアを通して広がり、「ワイン1杯ならむしろ健康にいい」「適量ならプラス効果」というイメージが定着していった。
でも後から分かってきたのは、この構図には落とし穴があったということだ。
「飲まない人」の中には、もともと病気で飲めなくなった人や、過去に飲酒問題を抱えてやめた人も含まれていた。つまり比較対象が公平ではなく、「少量飲酒の人が健康そうに見える」だけの可能性があったんだ。
従来の説とその見直し
| 従来説 | 根拠にされた研究例 | 今わかっていること |
|---|---|---|
| 赤ワインは心臓に良い | フレンチパラドックス | ポリフェノール量は微量、飲酒正当化にはならない |
| 少量飲酒は長寿につながる | Jカーブを示す観察研究 | 交絡因子を除くと保護効果は消える |
| 適量なら血流が改善する | 小規模な短期実験 | 長期的には血圧上昇・不整脈リスクが強い |
最新のエビデンスが示すこと
ここ10年で、研究手法は格段に精密になった。大規模コホートやメンデルランダム化研究(遺伝子を利用して因果関係を探る方法)が進み、見えてきた結論はシンプルだ。
がんリスクに安全な量はない
世界保健機関(WHO)や国際がん研究機関(IARC)は、アルコールを「グループ1=確実な発がん性物質」に分類している。少量でも乳がん、大腸がん、口腔がんなどのリスクが直線的に上がることが確認されている。
つまり「1日1杯ならむしろ健康に良い」という説は、がんの観点からは成立しない。
心血管疾患への影響も再評価
かつては「心臓病には少量有益」と言われたが、最近の研究ではむしろ逆だ。遺伝学的なアプローチでは、飲酒量が増えるほど高血圧や脳卒中のリスクが直線的に増えることが示されている。心房細動(不整脈)も、1日1杯増えるごとにリスクが上がるという報告が出ている。
睡眠やメンタルへの影響
さらに、アルコールは睡眠を浅くし、中途覚醒を増やす。リラックスできるのは最初の数時間だけで、その後は交感神経が刺激されやすくなる。うつ傾向を強めることも知られていて、「気分転換になるから飲む」という習慣は、長期的には逆効果になる可能性もある。
国際ガイドラインの変化
「少量なら体にいい」という考えは、各国の公衆衛生機関でも再検証されてきた。いま世界の潮流ははっきりしている──飲むなら少ないほど安全、そして健康目的で飲むことは推奨されない。
- WHO欧州(2023)
「健康に無害な飲酒量は存在しない」と明言。特にがんリスクには閾値がない、と断言している。 - カナダ(2023年新ガイドライン)
週2杯以下を低リスクと定義。ただし「ゼロがベスト」であり、2杯でもリスクはゼロにはならないと強調。 - オーストラリア(2020)
週10杯以下、かつ1日4杯以下を上限とする勧告。「少ないほど安全」を公式文書に盛り込んだ。 - 英国(2016〜)
男女とも週14ユニット以下(ビール小瓶14本に相当)。ただし「健康のために飲む」という発想は完全に否定。 - 日本(厚労省)
「節度ある適度な飲酒」を男性1日20g未満とする一方で、がんや生活習慣病のリスクを注意喚起。
国別ガイドラインの比較
| 国・機関 | 推奨・上限値 | 共通メッセージ |
|---|---|---|
| WHO欧州 | 安全な量なし | ゼロが理想 |
| カナダ | 週2杯未満=低リスク | 少量でもリスクは残る |
| 豪州 | 週10杯以下、1日4杯以下 | 少ないほど安全 |
| 英国 | 週14ユニット以下 | 健康目的での飲酒は推奨しない |
| 日本 | 男性1日20g未満、女性はさらに少なく | 適量でも健康リスクを完全に消せない |
どう付き合えばいいのか
健康のために飲むのはもう古い
アルコールをサプリのように扱う時代は終わった。飲酒は嗜好として楽しむもの。健康に良い理由を探して飲む必要はない。
実生活でできる工夫
- 休肝日を設ける:週2〜3日はゼロにして、肝臓を休める。
- ノンアルや微アルを活用する:最近のノンアル飲料は味も進化しており、雰囲気を楽しむには十分。
- 量を自己制御する:「最初の1杯だけ」「2杯以上は飲まない」とルールを決める。
- 翌日の体調を基準にする:集中力や睡眠の質を守る視点から飲酒を考える。
健康的な飲酒の工夫
| 工夫 | 実践例 |
|---|---|
| 休肝日をつくる | 月曜と木曜は飲まないと決める |
| ノンアルを活用 | ノンアルビールで乾杯 |
| 量を自己制御 | 1日1杯まで、2杯以上は飲まない |
| 翌日を意識 | 朝の集中力・睡眠の質を守る動機にする |
まとめ|少量神話から距離をとる
かつては「1日1杯の赤ワインは心臓にいい」と信じられてきた。でも最新の科学は違う結論を出している。
- がんリスクには閾値がない
- 心血管や脳卒中リスクは用量依存で上がる
- 健康のために飲む理由は存在しない
つまり、「ゼロが理想、少ないほど安全」。
お酒は楽しむものであって、健康を守る道具ではない。
進んだ距離じゃなくて、「立ち止まれたこと」がすごいんだよ。きみが今日、グラスを手にする前に「本当に必要かな」と一瞬でも考えられたなら──それは未来を守る選択になっている。





