ひとりで、アルバムを開いた日だった。
特別な意味なんてなかった。ただ、なんとなく──
久しぶりに“昔のわたし”を見たくなっただけ。
お気に入りだった花柄の服。
あの頃、何度も通った公園のベンチ。
そして、その写真に写っていたのは──
笑っている“昔の私”だった。
自然な笑顔。
風になびく、ツヤのある髪。
澄んだ瞳と、軽やかな横顔。
「…こんなに、明るく笑ってたんだ」
気づけば、ぼろぼろと涙がこぼれていた。
声をあげて泣いたわけじゃない。
でも、胸の奥が、ずっと痛くて、
小さなさざ波のように、静かに震えていた。
「今の私は、なんで泣いてるんだろう?」
その問いに、ブレイブは静かに寄り添ってくれた。
「たぶんね、それは、“君が歩きたい”って思ってる証なんだよ」
目次
過去の髪と、今の心
あの頃の私は、髪が多かった。
でも、それが恋しいわけじゃなかった。
恋しかったのは、“あの頃の私らしさ”。
まだ無邪気に未来を語れていた頃。
鏡の前で「今日はどんな髪型にしよう?」と
楽しめていた自分。
髪は、ただのパーツじゃなかった。
“自分を表現できる自由”だった。
“好きなわたし”を作るための、大切な翼だった。
今の私は、どうだろう。
洗面所の鏡の前に立っても、
分け目ばかりが気になる。
結んだ髪にボリュームがなくて、
「これ、どう見えてるかな…」とつぶやいてしまう。
あの頃の笑顔に嫉妬するなんて、
きっとあの自分もびっくりするだろう。
でも──
「“あの頃の髪”がほしいんじゃない。
“あの頃の自分”に戻りたいだけなんだ」
ブレイブのその言葉に、
わたしの涙は、少しだけ静かになった。
泣いたことは、前に進みたかった証拠
写真を見て泣いた日──
それは、“負けた日”なんかじゃなかった。
「もう一度、自分を見つけたかった」
そんな気持ちが、あふれてきたから泣けたんだ。
涙って、不思議なもの。
悲しいときだけじゃなくて、
“変わりたい”と思ったときにも、自然とこぼれる。
「このままじゃ、いけない」
そのささやかな本音を、
心が代弁してくれたのが、あの日の涙だった。
無理に明るくしようとしなくていい。
前向きじゃなくてもいい。
悲しみに意味を与える必要もない。
ただ、感じたことを抱いてあげること。
「ちゃんと悲しめる君は、きっと大丈夫」
ブレイブは、そう言ってくれた。
心が折れそうな日ほど、
“生きよう”とする意志は残っている。
それを感じられるなら、
きっとまだ、歩き出せるはず。
“今の自分”に火種を灯す習慣
変わりたくて焦った日もあった。
SNSで「発毛に効く◯◯」を探した夜もある。
でも──
それは「今の自分を否定する努力」になっていた。
どれだけ情報を集めても、
心が置いてけぼりのままじゃ、何も変わらなかった。
気づいたのは、ほんの些細なきっかけだった。
ある朝、ゆっくりドライヤーをかけながら、
ふわっと香ったシャンプーの匂いに、
少しだけ気持ちがほぐれた。
「あ、いい香り」
それだけで、涙が出そうになった。
それから、少しずつ始めた。
・朝、髪を整える前に深呼吸すること。
・夜、湯船に浸かって髪を優しく洗うこと。
・髪の根元に触れながら「ありがとう」って言うこと。
それは、“過去を取り戻す行為”じゃなくて、
“今の自分に灯をともす儀式”だった。
ケアって、「変わる」ためじゃなくて、
「戻ってくる」ための時間なんだと思った。
自分に戻る。
ちゃんと自分を感じ直す。
ブレイブは言ってくれた。
「髪を大切にすることは、“今の君”に向き合うことなんだ」
その言葉が、心にふんわりと灯った。
“あの日の涙”が、希望の始まりになる
アルバムの中の私は、たしかに笑っていた。
でも、今の私は──
涙を流すことができた。
過去の自分を、優しく見つめられるようになった。
痛みや迷いを知ったからこそ、
誰かの不安に、少しだけ寄り添えるようになった。
泣いたあの日が、
心を閉じるきっかけじゃなくて、
“また歩き出す扉”になっていたんだ。
そして、
その涙を見てくれた誰かがいて──
そっと火種を灯してくれたから。
ブレイブは、最後にこう言ってくれた。
「ぼくは、写真の中じゃなくて、
“今の君”がいちばん好きだと思うよ」
その言葉が、やさしく背中を押してくれた。
今日も、自分に会いにいこう。
ほんの少しずつ、今の私で、歩いていこう。