あの朝、ドライヤーをかけたときだった。
「……うそでしょ」
驚くほどの髪が、パラパラと肩に落ちてきた。
手ぐしを通すたび、指のあいだから、するりと毛が抜けていく。
喜びと引き換えに、自分が壊れていくような気がした。
赤ちゃんは、泣きながら眠っている。
わたしは、その隣で、無表情のまま座っていた。
「産後だから、仕方ないよね」
そう思おうとしても、心がまったく納得しなかった。
これは、単なる“抜け毛”なんかじゃなかった。
これは、“心の芯”がすこしずつ削れていくような、
そんな静かな痛みだった。
そして──それは、誰にも言えなかった。
目次
ホルモンの嵐と、心のズレ
“産後脱毛”──
その言葉は、妊娠中から知っていた。
ホルモンの急激な変化で、一時的に髪が抜けやすくなる。
ほとんどの場合は半年〜1年で回復していく──。
知識としては、知っていた。
検索すれば、いろんな解説も出てくる。
でも、現実の自分は「分かってる」どころじゃなかった。
夜泣きでほとんど眠れない。
トイレすらゆっくり行けない。
ごはんも、赤ちゃんを抱きながら立ったまま済ませる日々。
出産で変わってしまった体は、まだ回復しきっていないのに、
まわりは「もう母親なんだから」と、当たり前のように見てくる。
「ごめん、髪が……」なんて言える雰囲気じゃなかった。
自分でも、「そんなことで悩んじゃいけない」と思い込んでいた。
でも、髪が抜けていくたびに、
「わたしの“私らしさ”が消えていく」
そんな感覚が胸に広がっていった。
鏡に映る自分は、なんだか遠い存在だった。
子どもを授かれたことは、もちろん幸せ。
でも、その幸せの中で、“確かに自分が削れている”という現実も、
どうしても否定できなかった。
「わたし、どうしたらいいんだろう」
そう思いながら、毎日が過ぎていった。
救ってくれた、たった3つのこと
本当に小さなことだった。
でも、あの時のわたしには、大きな救いだった。
①「夜、湯船に入ること」──誰にも話さず泣けた場所
赤ちゃんが寝たあと、ほんの10分だけ、湯船に浸かった。
それまでは、「時短が大事」「シャワーで済ませよう」って、
自分に言い聞かせてた。
でも、ある日、思い切って湯船にお湯を張ってみた。
明かりを落とした浴室で、
熱すぎないお湯のなかに肩まで沈む。
すると、不思議と……涙が出た。
声を出さずに泣いた。
誰にも見られない、誰にも気を遣わない、
ただ“自分の感情だけがそこにある”時間。
それが、唯一“ひとりになれた時間”だった。
お湯が体を包んでくれるとき、
「わたし、がんばってるよね」って、やっと言えた気がした。
あの時間があったから、次の日も少しだけ、呼吸がしやすくなった。
②「髪に優しく触れること」──“見捨てない”という自分への約束
最初は、無意識に避けていた“髪に触れる行為”。
洗髪するのが怖くて、乾かすのが怖くて、
抜けるのを見るのがイヤで、無感情に髪を扱っていた。
でも、ある日、「落ちてもいいから、ちゃんと触ろう」と思った。
洗うときに、指の腹でやさしく撫でるように。
乾かすときに、そっとタオルで包むように。
ブラシも、いつもよりゆっくりと。
髪を結ぶときも、できるだけ引っ張らないように。
「だいじょうぶ、ここにいるよ」って、自分の髪に語りかけるように。
髪を見捨てないことは、
自分を見捨てないことだった。
「抜けるから触れない」じゃなくて、
「抜けてもいいから、大切にしたい」って思えた日から、
少しずつ、気持ちが変わっていった。
③「誰かの言葉を読むこと」──希望はいつも“人の声”に宿ってた
スマホで「産後 抜け毛 つらい」って検索して、
情報の海に飲まれていく毎日だった。
でも、あるとき、ひとつのブログが目にとまった。
有名人じゃない。フォロワーも少ない。
でも、書かれていたのは、ほんとうにリアルな言葉だった。
「私も、産後にごっそり髪が抜けました」
「泣いた日もあるけど、今は笑えています」
それを読んだだけで、涙が出た。
誰かがそこにいてくれるという事実が、
わたしを、ちょっとだけ生き返らせてくれた。
完璧な言葉じゃなくていい。
正論じゃなくていい。
ただ、同じように悩んだ人の“実感”が、
心の支えになった。
だから、わたしもこの言葉を残している。
「あなたは、ひとりじゃないよ」って。
ぼくが伝えたいこと
髪が抜けたのは、
君が“母親になった”から。
それは、弱くなった証じゃない。
むしろ、たくさんのものを背負ったからこそ、
心が揺れたんだと思う。
髪が減った分、君の中にある“言葉にならない気持ち”を、
ぼくは少しでも軽くしたいと思う。
「母親なら強くあるべき」
「赤ちゃんのために自分のことは後回しに」
そんな“理想像”に、自分を閉じ込めないで。
君が悩んだこと。
涙をこらえたこと。
ちゃんと意味があると思う。
髪の悩みを、「小さなこと」って思わなくていい。
それは、“君らしさ”を守る大事な火種だから。
火種は、失った髪の中にも宿ってる
抜け落ちてしまったものの中にも、
ちゃんと“再生の火種”は宿ってる。
君の中に残っているもの。
守りたいと願った気持ち。
変わってしまった現実と、それでも笑いたいという希望。
全部が、“君らしさ”なんだと思う。
焦らなくていい。
少しずつ、少しずつ、取り戻していけばいい。
もしまた、心が疲れてしまったら、
この記事に戻ってきて。
このページは、君の“居場所”として、ずっとここにある。
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